老犬介護について〜NAOさん(2003.10.1)

【老犬介護〜喪失の恐怖と心の葛藤】

 愛犬ファングの介護をする生活。 それは、ある日突然やってきました。
 前庭神経炎と言う病気で、発症からわずか2日でほとんど寝たきりの生活に なってしまったのです。 何の心の準備もしていなかった私は当然パニックになりました。 しかし、私がやるしかありません。
 昼も夜も、一度にたくさん食べられないファングの口元に何十回も水と食事を運び、 排泄すればシートを取替え、汚れた体を拭き、床ずれができないように寝返りをさ せ、 寝たきりになったことで筋肉が衰えないよう、後ろ足に私が自分の手の平で負荷を かけ、血行が悪くならないよう全身をマッサージ・・・
  ドッグフードでは食欲が出ず、犬缶にも飽きてしまったファングのために、友人に聞 いたり、 本を読んだりネットで調べたりしながら、手作り食にもチャレンジしてみたりと、 思いつく限りのことを、寝る間を惜しんで毎日やりました。
 今考えると、ほとんど眠れない中で、仕事と家事とファングの介護・・・ よくも乗り切れたものだと自分でも驚きますが、この時は、ただひたすら ファングの病気を治してあげたい。元気なファングを取り戻したい。 その想いだけが、私自身を支えていたのです。

 しかし、辛いことばかりではありませんでした。 疲労困憊の介護生活の中でも、ただの飼い主と飼い犬という関係が、心が通い合う パートナーになれたという喜びもありました。 私の思いが通じたのか、寝返りをさせるときなど、補助をする私の掛け声に ファングは呼吸を合わせるようになり、自分でも力をいれてくれるようになりまし た。 ようやく何がして欲しいのかというファングの気持ちがわかるようになった頃には、 病状も回復に向かい、「ファングを失うかもしれない」という恐怖から、私の心は 解放されたのでした。

  しかし、本当の介護の苦しみはこれからでした。 自力で立ち上がり歩けるようになると、ファングは部屋中を歩きながら、オシッコ してしまいます。動けずに寝たままシートの上でしてくれている方が、私にとっては、はるかに楽でした。でも、やはりオシッコで自分の体が汚れるのを我慢できなかったのでしょう。そんなファングの気持ちが、私には十分にわかっているはずなのに、 私のイライラは日を追うごとに増していきます。
 ファングが自力で動けない間は、すべて私がやってあげなければならない反面、 私のペースで出来ていたのです。 しかし、動けるようになったファングは、私の都合などおかまいなし。 私のそばにいたいのか、少し離れると後を追っては転び、オシッコをもらす。 私が風呂からあがれば、自分のウンチの上に尻もちをついて糞尿まみれ・・・ 横になったまま出てもいいように、シートを敷いているのにわざわざ立ち上がって 排泄しては、その上に転ぶのです。 シートの換えだけなら数分で終わるのに、絨毯を洗わなければならなくなるため、 その度に、20分以上時間をかけて掃除をしなければなりません。
 
 発病当初は、ファングのためなら何でもしてやれると、胸を張って言えた私ですが、 少しづつ元気になっていくファングに安心した私は、自分のイライラを抑えることが できなくなっていきました。 甘えてくるネコたちも可愛いどころか煩わしく、主人の見ているTVの音量にさえ 腹がたち、ファングを寝返りさせる時も、呼吸を合わすことなどすっかり忘れ、 ただ力任せにやるようになっていました。 そんな自分自身に腹がたち、自分をものすごく嫌な人間だと思い、自分を責め、 ますますイライラは増幅していったのです。
 自分のペースで介護ができているうちは、肉体的な疲労は感じても精神的な疲労は 感じませんでした。しかし、やっていることが同じでも自分のペースでできないと いう、ただそれだけのことに、私は精神的に追い込まれていったのです。
 
 どこにもぶつけようがない怒りに任せるように、ある日私は泣きました。 床を叩きながら大声で泣きじゃくる私を見て、ファングは耳を後ろへ倒し、 怯えたような、とても不安な顔をして私を見つめていました。 そんなファングの顔を見て、私はもう一度、「ファングが頼れるのは私だけだ」と いうことに気付かされました。 とても大切な事に気付くことが出来たのだから、それを素直に受け止めれば、 行き場のなかった苛立ちの感情も自然に治まるはずだと、私は思っていました。
 でも、現実はそんなに簡単ではありませんでした。 長期間、苛立ちの頂点の中で慣れない介護を続けて、肉体的にも疲れ果てていた私に は、 すでに自分の感情をコントロールして、それを消化する程の精神的余裕が 残っていなかったのです。 私には「気付く」だけではなく、感情を消化する為の作業が必要でした。
 この時、私は「ファングへの手紙」を書いて投稿しています。

 ただ、頭の中で考え、心の中で想うだけでなく、感情を文字にしてみる。 この方法は、直接的には何も解決されないような行為でしたが、私にとっては 驚くほど効果がありました。 文字にして、それを客観的に読むことによって、自分自身の感情が消化され、 次に自分が何をするべきなのかを、冷静に考えることが出来るようになったのです。


【老犬介護〜老いと向き合う】

 やがてファングの前庭神経炎は治り、いつもの生活が戻ってきました。
 しかし、老犬のファングには病気のダメージが大きかったようで、その後も 再発の兆候が出たり、散歩でも足を引きづる素振りがでたり、シャンプー後に 3日程立てなくなったりと、病気以前の生活に完全に戻れることはありませんでした。
 そんな中、前庭神経炎以前からあった馬尾症候群が悪化。 少しづつ私とファングは、また介護の生活へと戻っていったのです。 介護の生活へゆっくりと戻りながら、私は再び「ファングを失うかもしれない」とい う 喪失の恐怖に怯えるようになりました。
 前庭神経炎発症の時は、病気を原因とする喪失の恐怖でした。 病気が原因であれば、病気さえ治れば・・・という希望があります。 そして、その希望に向かってがむしゃらに頑張ることも出来るのです。 しかし、今度の喪失の恐怖の原因は、老いです。 生きている以上、老いから逃れることは絶対に出来ないのです。 どんなに辛くても、最後まで大切なファングを幸せにする為には、老いという現実か ら、 目を背け続けるわけにはいきませんでした。
  この時の不安な心境を、私は「ペットロス掲示板」で次のように漏らしています。

『去年の今ごろと比べると、まるで別の犬のようである。 10歳を超えると、犬の1年は大きい。去年できたことが今年はできない。 最近では尿漏れも激しい。立ったり、座ったりするだけでチョロッと出てしまう。 喉が乾いているのに水を飲みに行かない。 きっと立ちあがるのがしんどいんだろう。そうかと思うと、これでもかというほど一 気に水を飲み出す。
 「老いる」ということは、すべてにおいて反応が鈍くなること。 生きると言う事に対しても、例外ではなく鈍くなっていくこと。 私には、老いた経験がない。経験がないということは私にとっては未知である。
 これから、ファングの身には一体何が起こっていくのだろう。 私に受けとめられるだろうか。 ファングの心臓が動く事をやめるその時まで、あとどれ程の時間が残っているのだろ う。 私には一体なにが出来るのだろうか。 ファングは私になにを望むだろうか。
 生き物を飼うという事はこういうことだ。わかっていたはずなのに、いざ、 愛する者の老いと正面から向き合うと、その先に別れが見える。 私は決してファングとの生活をはじめた事を後悔していない。 むしろ出会えた事をうれしく思う。 私は決してあきらめてはいない。 残されたファングとの生活を充分に楽しもうと思っている。
  ファングがどんなに元気でも、どんなに笑顔でも、私の心の中には、 どこかせつなさがある。 ファングの老いが顕著に出始めたので、私自身が冷静になるために、こうして 文章にしてみたが、やはり何かが釈然としない。 きっと、全てがわかるのは、ファングの魂を虹の橋へ見送った後だろう。』

 ファングの老いと、やがて確実に訪れるであろう死と向き合ってから、 私は、ある決心をしました。 「どんな時でも、絶対に怒らない!」ということです。 ファングとの残された時間を、後悔しないものにする為には、私が介護の疲れから 精神的な余裕を失い、再び自分自身を見失うわけにはいかなかったのです。

 神経麻痺が進行していくファングの様子は、まさに前庭神経炎から治っていく過程 と同じでした。 神経麻痺から膀胱の収縮と弛緩がうまくできず、膀胱炎も発症した為、 所かまわずオシッコです。
 しかし、私は前庭神経炎の介護の時のように怒ったりはしません。 「オシッコでたね〜すっきりしてよかったね〜」とファングに笑顔で話しかけます。 もちろん、心の中では、もう勘弁して・・・とイライラしていますが、 表面上だけでも怒らずに、優しく余裕のある自分を意識的に演出したんです。
 でも私は未熟な人間なので、怒らないと誓いを立てても、優しい言葉をかける 余裕がない時もありました。そんな時は、優しい言葉をかけない替わりに、 イライラした感情も言葉に出さない、表情にも出さないよう意識しました。
 自分自身で、意識して怒らない、意識して優しい言葉をかける、それを繰り返して いると、不思議なことにいつのまにか、意識しなくても自然に優しい言葉が出て、 腹が立つこともなくなっていきました。 実際の介護としてやっていることは、前庭神経炎の時の介護と同じなのに、 精神的に楽でいられる分、介護を楽しむ心の余裕すら感じていました。
 そのせいか、体の動かないファング自身の不安や苛立ちにも、目を向けて やれるようになり、ファングの肉体的なケアだけでなく、精神的なケアもして あげられるようになったのです。 肉体的なケアだけなら、日常の作業として組み入れてしまえば、何とか出来て しまいますが、精神的なケアは心に余裕がなければ出来ません。
 ファングの場合、麻痺による体の不自由さはありましたが、完全な寝たきりでも、 病気でぐったりしているわけでもありません。 食欲もあるし、一緒に暮らしているネコが遊んでいれば、ファングも一緒に 遊びたいのです。 私は、肉体的なケアをしながら、話しかけたりなどのコミュニケーションは とっていましたが、生活の中に”遊び”を取り入れることはしていませんでした。 正直なところ、毎日のケアで手一杯の私には、そこまで手が回らなかったのです。 でも、遊びたいというファングの自然な欲求は満たしてあげなければ、ストレスに なってしまいます。
  私は時々、バカになることにしました。 寝転がったファングをくすぐったり、犬パンチを受けてファングの横に倒れこんだ り、 大げさなくらい高く大きな声で笑い、夢中になってファングとふざけ合いました。
 それからもうひとつ。あらゆる場面でファングを誉めるようにしました。 自由の利かない体で、ファングは苛立ちを感じ、立ったり歩いたりなど 今まで普通に出来ていたことが出来なくなり、自信を失っていました。 人間のように、目で見てわかるような落ち込み方をするわけではありませんが、 きっと犬だって人と同じように、自尊心はあるはずです。 うまくいかない事ばかりだと心は傷つき、毎日の生活もつまらなく感じるはずです。 誉められるということで、ファングが自信を取り戻し、生活の中に喜びを 見出せれば、それはファング自身の生きる勇気になります。
「ご飯、おいしかったね。全部食べておりこうだね」 「寝返り上手にできたね」「オシッコ一杯出たね」「お留守番、ありがとうね」 私は、当然と思えるような事でも、とにかく誉めまくりました。 そして、私の可愛いファングに生きる喜びと笑顔が戻りました。
  体が不自由なファングの自信に満ちた笑顔を見て、私はあと何年この生活が続こうと も、 ファングをサポートしてやっていけるという自信が持てました。 精神的に介護の苦しみを克服して、自信をもち、まだまだ未熟な介護の術を ファングのために勉強して頑張ろうと思えるようになり、まさにこれからと いうとき、ファングはあっけないほど潔くこの世を去りました。 もっともっと私にはファングの為にしてやれることはたくさんあったし、 それをやり遂げる自信も体力も気力もありました。 ただ、ファングと過ごせる時間だけが足りませんでした。

  ファングが逝ってしまった今、私にはもう何一つファングの為に できることはありません。 ファングと過ごした日々を想い、供養し、祈ることしかできないのです。
 ファングとの1年あまりの介護生活の中、私は多くのことを学びました。 老齢であったり、病気のペットの介護をするということは、精神的にも肉体的にも 決して楽なことではありません。 時には、介護に息詰まり、孤独に震え、自分自身の心の中の葛藤に苦しみ、 いつの日か訪れる死という別れの恐怖に怯えることもあるでしょう。 それらは、とても乗り越えられないと思うほど、とてつもなく大きな壁に感じるかも しれません。でも、ほんの少しの勇気を出せば、誰でも必ず乗り越えることのできる 壁だと私は思うのです。  あえて自分自身の心の中の苦しみや不安や恐怖に正面から向き合い、覚悟がもてた 時、 そこには、固い絆で結ばれたパートナーの素晴らしい笑顔と、介護を経験させて もらえる幸せがきっとあるはずです。


      


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